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状況に応じて構造を可変にする体制を自動化しよう

Posted by local knowledge on July 28th, 2023

昔のプロ野球界を代表する強打者・王貞治が打席に立つと、王シフト、すなわち野手全員がポジションを全て右寄りに移動させるというなんとも大胆な守備態勢が実施された時期があります。彼の「右に引っ張ることしかできない(流し打ちができない)」という「一本足打法」への対応策でした。故・野村監督の「ID野球」すなわち過去のデータに基づいた対応策の立案はすでにこの頃から実施されていたわけです。ただ「過去のデータに基づいた対策」を実施していることが対戦相手に伝われば、当然、対戦相手としては過去のデータを無効にする新しい対策を講じる、そして仕掛けた方は実は相手にその新しい対策を講じさせることが目的になってきたりして、最終的には何が正しいのかよくわからなくなります。

従ってID野球の効能は意外と短命ということも知られていて、この王シフトも、それが果たして効果的だったのかどうかは賛否両論あるようです(野球は精緻な詰め将棋にはなりにくい、ということですね)。むしろここでは「状況に応じて守備態勢を可変にする柔軟性」、すなわち規定のポジションなる固定概念を状況に応じて解釈を変える、そしてそれに対応できる野球規則になっているかどうかに着目しておきたいと思います。スポーツの真髄は実はこのルール(regulation)にあります。野球は規則(制約)が多すぎ、サッカーは規則が少なすぎる(=それゆえラフプレーだらけになる)と個人的には思いますが、このあたりは『オフサイドはなぜ反則か』という名著がありますのでお時間のある方ぜひご一読ください。優れた制約のデザインが利害関係者全員の高い達成感につながることがわかります。

「状況に応じて守備態勢を可変にする柔軟性」でぜひ思い出していただきたいのが、王選手とほぼ同時期に大相撲で活躍していた名力士・大鵬(1940-2013)です。凸(とつ)という攻めが仮にどんな形のものであっても、それに応じた凹(おう)を瞬時(=リアルタイムに)に作ってしまう、結果的に大鵬の相撲は「型がないので面白くない」と揶揄されることになるわけですが、普通に考えれば大鵬に型がなかったわけではなく、足腰のあたりを極めて盤石にする型(=基礎)があるからこそ、上半身は何が来ても柔軟に対応できる、基礎がしっかりしていると臨機応変な対応が可能になる、ということでしょう。この時重要なのは「臨機応変な対応策(=構造を可変にしておく)を繰り出すための基礎」が意外なところにある、それをきちんと鍛えておけ、というわけです。

この「大鵬の相撲」のアナロジーで、最近頻繁に発生するようになった線状降水帯への対応を考えてみることにします(このあたりから眉に唾をつけて読んでくださいね)。線状降水帯は比較的最近目立つようになってきた“特殊な攻め”なので、この攻めに対しては柔軟な対応策が必要になるわけですが、このとき「守備態勢を可変にしておく」というのは決して線状降水帯の発生を早めに予知することではなく、いわんや避難所を快適に過ごせる空間にすることでもなく、それ(豪雨)を軽く受け流すことができる「居住態勢」が整備されているかどうか、ではないかと思うのです。これは、普段から居住地域が複数箇所に分散しているか、ということになるはずです。加えて、ある程度の時間が経過した後に仮に家を建て直すにしても、べらぼうに(建築費が)安い、ということになれば、災害後も安心してその地域に(も)住める、ということになります。つまり最初から「流されても構わない程度の紙と木だけの安普請の家」を作っておけばいいわけで、かつそれを「所有」する必要もないので、家は基本的に賃貸が正しい、ということにもなります(所有というのは一種の幻想ですからね)。有り体に言えば、普段から二箇所または三箇所くらいに居場所があると、線状降水帯の発生に対してなんら動揺する必要はない、ということになります。ただし「三箇所の居場所」は管理コスト、つまり普段から普通の生活が営める状態をキープしておくことに予想外の費用と時間が必要になるはずですから、少し慎重になったほうがいいかもしれませんが。

線状降水帯の予測、快適な避難所の整備、など小手先の緊急対策の寄せ集めは最終的に局所的なコストの爆発(e,g,高さ5mの防波堤、など)を意味することになるので、応急対策のコストを下げるために必要なのは「足腰の柔軟性」、すなわち土地や家屋の所有あるいは賃貸に関する制度設計の柔軟性にある、と思うのです。例えば「日本国内ではトレーラーハウスの長期リース以外に居住空間を設置してはいけない」という法律があれば天変地異による被害はほぼゼロになるでしょう(妄想ですけどね)。これはローリングストック(rolling stock=和製英語:普段食べているものを少し余分に購入しておくことでそれを備蓄に回し、災害時でも普段とほぼ同じ食生活を再現する手法)という考え方が衣食住のうちの「食」にしか適用されていない不思議から思いついたものでもあります。ローリングストックの発想は住居や衣料にも適用されるべきでしょう。ちなみに私が愛用するローリングストックは「サッポロ一番塩ラーメン」です。同じメーカーの「みそ」や「しょうゆ」ではなく「塩」でなければダメなのです(インスタントラーメン=袋めんって意外と健康的なのですが、カップめんはローリングストックには向かないと思います)。

さて、構造(structure)という言葉、IT業界や社会心理学ではスキーマ(schema)、数学的にはトポロジー(topology)、建築におけるアーキテクチャ(architecture)などがこれと類似すると思いますが、どうしてもソシュール(Ferdinand de Saussure、1857- 1913)やレヴィ=ストロース(Claude Levi-Strauss、1908ー2009)あたりに端を発する構造主義(structuralisme)を想起させるわけです。これを極めて簡単かつ乱暴に説明すると、可視化されていない制度設計や生活習慣などの中に実はある種の構造のようなものが潜んでいて、その構造を解き明かすことで人の振る舞いが説明できる、かつこの構造を様々な方法で制御すれば、より良い生活が営めるはず、という考え方だと理解していただいていいと思います。例えば(近親相姦を防ぐために)女性は必ず“血縁関係のない他人の家”に嫁ぐという構造がある、みたいな話しです。一つだけ注意していただきたいのは構造主義は主張(ism)ではなく比較的汎用性のあるフレームワークだ、ということですね(なので理工学系の学問と相性がいいはずです)。対立構造が存在しないとそもそも協調できない、という具合にこのあたりは面白い話がたくさんあるのですが、とりあえず先に進みます。

まずは私たちの生活の主役は「状況」であって「構造」ではない、ということに留意しましょう。つまり状況に応じて構造は可変なほうがいいはず、ということになります。例えばこれからお盆前後に全国各地で発生する「渋滞」にも当然、渋滞を成立させる“構造”があるので、その構造を可変にして部分最適あるいは全体最適を検討すべきなのですね。実際、「深夜の高速道路で大渋滞〜「0時待ち」の謎」あるいは「アクアラインきょう午後“値上げ” 日本初の「変動料金」で渋滞解消なるか その裏にある狙い」のようにこの渋滞構造を解消させようと行政も試行錯誤しているわけですが、レヴィ=ストロースの時代と現代が決定的に異なるのは私たち個人個人が高度なデジタルテクノロジーをスマートフォンという形で所有し、かつそれらが民主的なネットワーク(the Internet)で接続され、その上をたくさんのアルゴリズム(AI)が走っているということですね。渋滞を解消すべく構造を可変にするのは行政の仕事ではなくコンピュータの仕事だ、ということです。著作権違反だらけの駄文を大量に生成することにコンピュータリソースを無駄に使うヒマがあったら、ボンクラ行政の手に負えるはずがない渋滞制御にそのリソースを割くべきだろうと思うのです。AIに組み合わせ最適化を計算させろ、ということです。

ただし、ここで注意しなければならないのは、そのAIを起動させる権限を行政(政府)に集中させてはいけない、ということです。中立的な神の視点、もしくは大衆の総意によって民主的に駆動させる、ということにしないと、AIでの渋滞制御の成功体験に味をしめた行政が、その能力を徴税に使うことは火を見るよりも明らかだからです。そう考えると、これは結局のところ日本の選挙制度が状況に応じて可変になっているかという話に帰着するわけで、これ(=小選挙区制)が大鵬の下半身とは比較にならないくらい脆弱だということはみなさんご存知のはずです。というわけで、現在の日本に求められているのは「状況に応じて代議員選抜制度をデジタルテクノロジーを駆使するという前提で可変にする柔軟性」であるという結論が導けることになります。

何しろ日本は小手先の議論が得意なので、「線状降水帯の予測精度をあげるには」とか「選挙演説時の警備体制はいかにあるべきか」みたいなところから議論をスタートさせてしまうわけですよ。違うでしょ。「演説が必要な選挙ってそもそもおかしくないか」「投票日にのこのこ歩いて近所の小学校に出かけるのは何かヘン」「過労死する記者まで出しながら血眼になって選挙速報を出すことにこだわるメディア」などは一度破壊した上で再構築しないとダメでしょうね。つまるところ構造主義ではなく脱構築(deconstruction)が必要なのかもしれません。

ローカルナレッジ 発行人:竹田茂

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