
レタッチ(Retouch)によるシュルレアリスム的価値創造の時代
The Age of Surréalisme through Digital Retouch
Photo : 昭和 / AK Photo / Adobe Stock
Posted by local knowledge on June 23rd, 2025
付き合っているデザイナーから「最近はカメラマンよりレタッチャーのほうがフィーが高いらしいっす」と聞いたのはもうかれこれ10年以上前のことでしょうか。「レタッチの専門職」なる職業があることすら知らなかったのですが、その時に即座に思い出したのは、前職で印刷所(大日本印刷)の出張校正室でその印刷所のエンジニアと一緒に刷り出しを見ながらある写真の修正指示を出した時に「それはレスポンス使わないと無理。30万円ですけど、使います?」というセリフでした。当然、キッパリと断りました(笑)。
「レスポンス」というのはサイテックス(Scitex)というイスラエルのメーカーが作ったデジタル製版システム(Color Electric Prepress System)です(正式な商品名ではないかもしれません)。原稿や写真をデジタルデータとしてスキャンして様々なレタッチを可能にしてくれるのですが、何しろ高価(おそらく数億円規模)だったので、それを購入した印刷所としても、使いたいクライアント(出版社)からはそれなりの費用を徴収する必要があったわけです(CMSなる言葉が流行り始めた頃に、とある日本の大手ITベンダーから総額3億円の提案を受けたのだけど、それは今の無料で手に入るWordPressよりも貧弱な機能しかなかったこともついでに思い出しました。余談です)。
その後1990年にAdobe Photoshop 1.0 が登場することで、レタッチ作業は一気に民主化したわけですが(ScitexはHPに買収されたようですね)、さらにその10年後、つまり2000年前後から「デジタルカメラ」が登場し、たった数年で150年以上続いた銀塩カメラの時代に事実上の終止符を打つことになります。これは撮影者自らがデータのデジタル処理を行うことができる時代の到来を意味するわけで、撮影した写真をRAWデータ(加工前の生のデータ)として保存しておけば、それを Photoshop(あるいは最近だとLightroom)でレタッチしてJPEGデータとして出力(現像)すれば、誰もが高品質な写真を手にすることができる時代になったわけです。
参考までにですが、この写真は私(竹田)が撮影・レタッチ・現像していますが、こちらは私が撮影したRAWデータをフォトグラファーの服部希代野さんに渡してレタッチと現像をお願いしたものです。これを見るとレタッチセンスで写真などどうにでもなる、というか、やっぱりプロのフォトグラファーは上手だなあ、と思いますね(さらに余談ですが、このTeleGraphic のメールマガジンもぜひご購読ください)。
ともあれこうなってくるとフォトグラファーは撮影よりもPC上でのレタッチセンスで勝負する時代になってきたのかもしれず、そこに求められるセンスは、絵画を描くアーティスト(画家)に似たものになってきます。レタッチ(Retouch)=ペイント(Paint)とみなすことができますから、実際の出力結果も「それが絵画なのか写真なのか」の区別をつけること自体に意味がなくなってくる。特にこの辺りは執拗なパターンマッチングを高速で繰り返す生成AIが最も得意な分野ですから、レタッチする人のアイデアやセンスで差別化しないと「どれもこれも似たような美しい絵画のような写真」だらけになるわけです。しかし今回の「写真集の夜」にお招きする安藤瑠美さんの『TOKYO NUDE 100』を見ていると「ああ、この人はアイデアの差別化に成功してるなあ」と感心することしきりです。
同時にこれはシュルレアリスム(Surréalisme:André Bretonが1924年あたりから始めた文学・芸術運動。詳しく知りたい人は巖谷國士さん=おそらく日本で最もシュルレアリスムに詳しい=のこの本を読んでください。めちゃ面白いです)に対する最新テクノロジーを駆使したフォトグラファーからの挑戦、という側面もあるような気がします。そしてこの挑戦は大成功している、とも感じました。色々とお聞きしてみたいことが満載の「写真集の夜」第3回は7月11日(金)22:00にスタートします。ぜひご参加ください(無料)。
https://www.localknowledge.jp/2025/06/1981/
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