newsletter

音(sound)、声(voice)、そして静寂(silence)は街と会議のカーペット

Posted by local knowledge on July 21st, 2023

まさか自分が司会者の真似事のようなことをやるハメになるとは夢にも思っていませんでしたが、コロナ禍突入(2020年2月頃)を契機に、オンライン会議が増え、自分でもオンラインセミナーを主宰するようになり、試行錯誤を繰り返しながらも1年が経過した頃には、こんな私でも単なる司会者ではなくMC(master of ceremony)の真似事のようなことがかろうじてできるようになり、現在に至る、というところです。で、この間の経験を振り返ってみたときに、いくつかの発見があったので、取り急ぎご報告しておこうと思います。以下に列記しますが、まあ中らずと雖も遠からず、といったところでしょう。

  • セミナーにおける顧客とはオーディエンスではなくゲスト(話題提供者)。ゲストに楽しんでもらえないセミナーは失敗。
  • MCは徹底的に聞き上手でなければならないので、かなりの予習が必要。加えて、その予習の“成果”を出す必要は全くない。
  • むしろその予習で学習したことをいかにゲストに語らせるか、がポイント。
  • MCは文字通り、そのセミナーの“支配者(master )”なのだが、オーディエンスにはゲストこそが支配者、と感じていただく必要がある。
  • MCからの質問のレベルの高さがゲストのレベルの高さを決める。誰が答えても同じような結果になる質問はしてはいけない。
  • 差し込み方(cut in)には極めて高度な幇間(ほうかん)的センスが必要であると同時に(ゲストに)迎合しすぎるのもダメ。
  • MCは持論を展開してはいけない。MCの存在感は希薄なほうがいい。

つまりMCとは「応接間での雑談におけるカーペットのようなもの」なのですね。自己主張がほとんどないにも関わらず、なんとなくその部屋の雰囲気を作っています。つまりコミュニケーション空間のカラーを規定しているので、カーペットが会話の内容を誘導しているにも関わらず、コミュニケーションに参加している人たちがそれを意識することはありません。しかし会話あるいは会議の結論に実はカーペットが大きく作用している、というわけです。ブライアン・イーノ(Brian Eno :1948-)が言うところのアンビエントミュージック(ambient music:主張しない、家具のような音楽)と少し似ています。いうまでもなく、このカーペットがもしも畳(たたみ)だったら、あるいはペルシャ絨毯だったら、木の床だったら、コンクリートの打ちっぱなしだったら、それぞれコミュニケーションのムードが変わるわけですから、MCを担当するときには自分がどんな“床”を作るタイプなのだろうということと、この会議あるいはセミナーが必要としている“床”はどのようなものなのか、などを事前に分析しておく必要がありますね(ゲストとの人間関係によって随分変わりますけどね)。

この「カーペット」に該当するものは実は他のメディアあるいはコミュニケーション空間でもありそうだな、ということが容易に想像できるわけですが、例えば新聞(紙)の場合、記事のレイアウトがカーペットに該当します。レイアウトは記事の内容以上に大きなメッセージ性を秘めています。「新聞の品質を決めているのは整理部」と言われるのはこれが理由です。加えて、よくできたレイアウトは多くの場合、視線の移動をスムースに誘う心地よいリズムを作りますが、読者がそのレイアウトを評価することはないでしょう。完全に黒子なのですね。ホール(Edward .T. Hall 1914-2009)が言うところの「かくれた次元(the hidden dimension)」がここにもある、というわけです。

少し脱線しますが、ホールの議論は空間における認知心理学的視点および生物学的アプローチがメインですが、私たちが発見しなければならない、そして再構築すべき「かくれた次元」は、例えば「会議」の中にも潜んでいるかもしれません。リアル空間にいる人とオンライン空間にいる人が同じ会議に参加しているとき、普通に考えれば、今までにない「次元」が出現している可能性が高いわけです。しかもオンラインにいるメンバーがアバターを使っていたりすると、コミュニケーション空間全体が時空間的に歪むことがあります。これをうまく利用しない手はない、と思うと同時に「なんだか面倒な世の中になったな」という気もしますよね(これについては項を改めて検討してみたいと思います)。

さて、会議におけるカーペットのようなものの一つに(先に少しだけ触れましたが)BGM(Back Ground Music)、いわゆる「エレベーターミュージック」あるいは「イージーリスニング」と言われるものがありますね。実は昔から「NHK-BSなどでの自然の雄大さを紹介する番組を見ながら、番組から流れてくる音量をゼロにして、自分の好きな音楽を別のプレイヤーから再生して視聴する」のが趣味でして、何が面白いって、その番組の風景が別のものに見えてくるんです。BGMを変えるだけで自分だけの映像番組が手軽に作れてしまう、というわけです。本当に重要な情報はテロップで流れてくるはずですから、番組そのものが全く意味不明なものになるということもありません。ぜひみなさん一度お試しください。

いずれにしてもこれは、自己主張していないように見える音楽が実は映像作品のコア・コンテンツだ、ということを意味します。映画(音楽)がまさにそうですよね。この考えをどんどん推し進めていくとサウンドスケープ(soundscape:音の風景)で街を作る、という話にまで発展します。サウンドスケープには音楽だけではなく、街のざわめき、公園で遊ぶ子供の声、川のせせらぎやビオトープ(biotop)などの環境音なども含まれます。一方、これは厳密にはサウンドスケープではないのですが、とある町で唯我独尊的町長が「とにかく街で人にすれ違ったら「こんにちわ」もしくは「ありがとう」と発話せよ、と強制する規則を作ってから町の雰囲気がガラッと変わって、とても居心地の良い街になった例がある、と聞いたことがあります(すいません出典は不明です)。サウンドスケープに加え発話(会話)の緩いレギュレーションを作るだけで町が活性化することがある、ということですね。

とにかく音(sound)や声(voice)、そして静寂( silence)が街のカーペットであり、会議や打ち合わせのカーペットでもある、ということでこの辺りを少し深めていくと面白いことになりそうな予感がします。

ローカルナレッジ 発行人:竹田茂

最新コラムはニュースレターでお送りしています。お申し込みは下記から

ニューズレター登録はこちら