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MC(Master of Ceremonies) はカーペット?

Posted by local knowledge on November 8th, 2023

コロナ禍を契機に、Zoomを利用したミーティングが当たり前になり、特に私の場合、自分が運営しているメディアが主催するイベントのMC(Master of Ceremonies)を努めざるを得なくなることも増え、「まさか自分がこんなことをやる羽目になるとは夢にも思っていなかった」のが正直なところですが、数年間の経験で、あるいは他のイベントのMCなどを観察していて(それをうまく自分自身がこなせないことも含め)多少なりともノウハウが溜まったような気がするので、つまらないものではありますが、取り急ぎご紹介しておこうと思います。

まず「自分の意見を主張してはいけない」。MCをやるとなれば、そのイベントの趣旨、テーマ、話題提供者に関する事前の学習が必要になります。そうするとどうしても本番で「自分が学習した成果」を披露したくなる衝動にかられるのですが、MCの蘊蓄(うんちく)が聴きたくてそのイベントに集まる人はいません。あくまで主役は「話題提供者」です。話題提供者にいかに気持ちよく過ごしていただけるかにMCは腐心する必要があります。映画字幕翻訳家・戸田奈津子氏が「優れた字幕ほど存在感が希薄になり、スクリーン上の人物があたかも日本語を喋っていたかのような錯覚を起こす」という趣旨の発言をされていたことを思い出します。

次に重要なのが「適切なカット・イン」。主役である講師の話題提供中に適切なタイミングで割り込むこと、ですね。これは実は非常に難しい。MCのセンスが最も問われるシーンです。話を遮る形でカットインするのはご法度であることは言うまでもありませんが、それ以上に重要なのが「気の利いた聴き手」になっているかどうか、いわゆる「聞き上手」というやつです。話題提供者が本当に伝えたいことを“翻訳”の上、本人に確認する。例えば「それって◯◯ってことですか?」と言う差し込みですね。そしてもう一つ重要なのは、大多数のオーディエンスが聞きたい、あるいは疑問に感じているであろうポイントをエスノグラフィックに拾い上げ、それを話題提供者にぶつける、というミッションです。

つまり前者の「それって◯◯ってことですか?」という質問が、話題提供者からすれば「ああ、わかってもらえたのだな」ということでその後も気持ちよく喋ることができる一方、オーディエンスも「ああ、俺が疑問に感じたこと、MCが代わりに聞いてくれた」と言う満足につながるわけです。話題提供者の気持ちとオーディエンスの気持ちの“折衷案”を瞬間的に作る必要がある。このMCのセンスが実はそのコミュニケーション空間全体を支配していることにMC自身が自覚的でなければなりません。テレビ朝日の平石アナウンサーはその意味で極めて優れたMCだな、と思います。

MCのセンスは、実空間における「場所」として表現することが可能です。リノリウムの床での会議なのか、和室なのか、明るいカーペットが敷いてある部屋なのか、コンクリートの打ちっぱなしなのか、という打ち合わせの部屋の雰囲気(ムード)を作っているのは話題提供者ではなくMCなのです。同時に、例えばZoomミーティングなどの場合はその会議に参加している人の人数がそのコミュニケーション空間の広さを表現しますから、例えば2人だけの打ち合わせは、千利休の二畳の茶室に相当する距離の近さによる緊張感(人間関係によっては親しみやすさ)が演出できることになります。いずれにしてもMCをやらざるを得なくなった場合は「自分が得意なコミュニケーション空間って(実空間のメタファーで考えた時に)どんな部屋なのかな」を考えてみるのがいいでしょう。

実空間の建築物は、身も蓋もない言い方をすれば「天井、床、壁の3要素をどのように組み合わせると、どのようなコミュニケーション空間が構築可能か」を考えて作られています。逆に言えば、私たちはあるコミュニケーション様式、そしてそこから獲得できる結果を期待して、その建物を積極的に選択しているはずです。居酒屋、ホテルのロビー、喫茶店、体育館、公民館、図書館、美術館、スタジアム、公園、あるいは自宅、という具合ですね。最終的には、建物や空間とヒトの相互作用がどの程度創発的かがその街の活性度を規定していくことになるはずです。ここでは自由と制約の両方をうまくデザインしていくセンスが問われるのですが、ここから先は、このあたりの話の専門家、松村秀一氏(早稲田大学研究院・教授)による来週のローカルナレッジ・ミーティング「住宅をつくる人々の新しい物語」で私自身から彼に色々聞いてみようかな、と思っています。

松村秀一氏はこの春まで東京大学に在籍されていて、私も参加させていただいた2月に実施された最終講義が猛烈に面白かったのですが、あまりに面白すぎて予定していた話題提供の半分(前半)だけで終わってしまった、という印象でした(ご本人もそう思われているはずです)。今回の「住宅をつくる人々の新しい物語」はその公開されることのなかった最終講義の後半だと考えていただければよいでしょう(ご本人に確認してませんが)。いずれにしても乞うご期待、です。

ローカルナレッジ 発行人:竹田茂

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