京都大学学術出版会

生活基盤を完全に失わせた大噴火災害からの創造的復興:アエタ族の生存戦略
『アエタ 灰のなかの未来:大噴火と創造的復興の写真民族誌』を中心に

United States Geological Survey(米国地質調査所)

Posted by local knowledge on April 8th, 2024

自然災害の中で、最も甚大な災害となるのは、大規模噴火災害です。たとえばVEI(火山噴火指数)7以上の大規模噴火が九州で起こった場合、九州は完全に壊滅し、さらに北海道の南半分は15㎝以上の火山灰に覆われ、エネルギー、通信、交通は遮断され、農業生産は壊滅的な影響を受けると言われます。そしてその規模の噴火は、世界的に見れば、歴史が記録された時代に限っても何度も繰り返されています。

20世紀において世界最大の噴火(VEI 6)を起こしたのは、1991年のフィリピンルソン島のピナトゥボ山でした。この山麓で伝統的な暮らしを送っていたのが、アジア系ネグリート(一般に小柄で黒い肌を特徴とする民族集団)の一つ、アエタ族でした。数百㎞離れた島々にも降灰被害をもたらした大噴火は、移動焼畑農耕と狩猟採集を組み合わせていたアエタの人びとの生活基盤を完全に破壊したのです。

文化人類学者として1970年代からこのアエタ族を長期の研究対象にしていた清水展氏は、まさにフィリピンに滞在中この大噴火に直面し、アエタへの緊急救援と復興支援をするNGOの現地ワーカーとなり、日本に帰国した後も大学の休暇のたびに現地に戻ってボランティア活動を行ってきました。

当初、全ての生活基盤を失い非常な困窮と生存の危機に直面したアエタでしたが、その後の彼らは、強靱な復興力を発揮します。その秘密の一つは、彼らの生業にありました。西欧世界に支配されたフィリピンの平地民のように一つの生業・資源に特化せず、多くの生業や資源利用を組み合わせる生存戦略(重層的併存)が、環境や社会の大変動に対して有効に働いたのです。もう一つの秘密は、外部世界に飲み込まれず、その圧力をうまく交わしながらも利用する柔軟な社会戦略です。世界中から寄せられた様々な支援の中で、アエタは、自らの民族的な価値を自覚し、それまで強く差別されていた存在から、フィリピンという国家における先住民として、社会的位置を高めたのです。その様を、清水さんは「新しい人間になった」ともいえる創造的な復興と呼んでいます。

『アエタ 灰のなかの未来』は、そのサブタイトルにあるように、アエタの創造的復興を数百枚のカラー写真とともに報告、考察した写真民族誌です。いたずらに理論化した人類学を語るのではなく、地域に巻き込まれ、人びとを巻き込んで地域に強くコミットする「応答の人類学」の提唱者・実践者として日本学士院賞という最高の学術的栄誉に輝いた(ちなみに、文化人類学者としてはじめての学士院賞受賞者)清水さんご本人から、完全に生活基盤を失った人びとがなぜ復興できたのか,その様を学ぶことで、いままさに各種の自然災害に苦悩する日本が何を学べるのか、考えます。

本イベントが取り上げる本

アエタ 灰のなかの未来

アエタ 灰のなかの未来

著者:清水 展

出版社:京都大学学術出版会

発売日:2024/2/20

3,190円(amazon.co.jp 2024年4月16日時点)

開催概要

イベント名称生活基盤を完全に失わせた大噴火災害からの創造的復興:アエタ族の生存戦略
『アエタ 灰のなかの未来:大噴火と創造的復興の写真民族誌』を中心に

※本イベントは「Local Knowledge MeetUp Spring 2024 いま考える『地域主権』と『新しい復興』」のSession 3として開催いたします。
開催日時2024/4/26(金)15:10~16:40
※本イベントは見逃し配信を行いません。
話題提供者清水展さん(文化人類学・東南アジア研究、京都大学名誉教授)
森華さん(ブックデザイナー/イラストレーター)
鈴木哲也さん(京都大学学術出版会専務理事・編集長)
イベント形態Zoom Webinarsを利用したオンライン開催です。
※お申込みいただいた方に参加用URLをメールにてお送りします。
参加料無料
参加方法参加登録はこちら
主催ローカルナレッジ編集委員会(スタイル株式会社本棚演算株式会社
協力一般社団法人・京都大学学術出版会
後援京都大学 東南アジア地域研究研究所
※プログラムの内容・時間などは予告なく変更となる可能性があります。ご了承ください。
話題提供者写真

清水 展(しみず ひろむ) 写真左
京都大学名誉教授。 東京大学大学院社会学研究科文化人類学専攻博士課程単位取得退学。専門は文化人類学。主著に『草の根グローバリゼーション――世界遺産棚田村の文化実践と生活戦略』(京都大学学術出版会,2013年)など。

森華(もり はな) 写真中央
愛媛県松山市生まれ。京都大学大学院文学研究科修士課程(東洋史学)修了。出版社勤務後フリーランス。書籍・雑誌・雑貨などの装丁・誌面デザイン・イラストを中心に活動中。著書に『論語絵本』(京都新聞出版センター他),共同校訂書に『制度通』(全2巻,平凡社東洋文庫)。術出版会,2013年)など。

鈴木哲也(すずき てつや)写真右
京都大学学術出版会専務理事・編集長。1957年生まれ。京都大学文学部および教育学部に学ぶ。出版社勤務を経て二〇〇六年より現職。著書に,『学術書を読む』,『学術書を書く』(高瀬桃子との共著),『世界大学ランキングと知の序列化』(分担執筆)(以上,京都大学学術出版会),『「専門家」とは誰か』(分担執筆,晶文社),『京都の「戦争遺跡」をめぐる』(池田一郎との共著 地方・小出版流通センター,新装版:つむぎ出版)など。