音楽、地の塩となりて

the Salt of the Earth、the Light of the World

新約聖書「マタイによる福音書」第五章・九項に「地の塩、世の光」という有名な言葉があります。「世の光」は神に従うものは世の光であり「丘の上の町」である、という比喩とともに語られ、誰もが自ずから仰ぎ見るような存在を指す積極的な概念ですが、一方の「地の塩」は、まったく目立たないけれど、食事や生命の維持のために決定的に必要なものです。神に、そしてイエスに従うものは「地の塩」である、というわけです。村上陽一郎氏にとって「地の塩」に相当するものは何か。あるときは学問であり、またあるときは信仰でした。しかしいつも重要な候補として落ちないものが一つだけありました。それが「音楽」でした。氏にとっての音楽が人生の光であり、塩でもあり続けてきた理由はどこにあるのかを解き明かしていく旅に出かけましょう。

村上塾「音楽、地の塩となりて」第二回

邦楽は日本文化を知るための極めて効果的なアプローチ/ミュージックスとの付き合い方
(村上塾「音楽、地の塩となりて」第二回)

私たちは今後、この「ミュージックス(複数形であることが重要です)」と今後どう付き合っていくべきか。村上塾「音楽、地の塩となりて」の第二回として徳丸先生のお話しをじっくりお聞きするサロンを開催します。...

村上陽一郎

音楽、その光と塩(1)—最大の欠点

最近気づいたことです。NHKテレヴィジョンの番組の一つに「街角ピアノ」というのがあります。鉄道の駅、空港、あるいは商店街のちょっとした広場、などに縦型のピアノが置いてあって、誰もが弾ける。周囲に集音器とカメラがあって、演奏場面を録画、演奏後...